京都炭山 清水焼 - 【安藤陶房】
  HOME
  トピックス
  清水焼とは
  清水焼の制作過程
  炭山 京焼の里
  陶房のご紹介
  体験教室
  作品のご紹介
  アクセスマップ
  お問い合わせ
 
  炭山 京焼の里
深い緑に囲まれた京焼きの里に陶工たちの熱い想いが息づく。
土と炎のドラマチックな出逢いがある。
仁清、乾山をはじめ幾多の先人たちが築きあげた絢爛たる京焼きの伝統に
新たな歴史をひらく緑の陶郷、ここ炭山の里。
 
 
 
深い緑に優しく抱かれた炭山の里。宇治市の北端、北は京都市伏見区に接してるとはいえ、山ひとつ隔てた炭山は、志津川の清流と四季折々の自然が織りなす、文字通りの静寂境です。東海自然歩道沿いに位置するこの地は、古来より醍醐寺の所領であったことや鴨長明の「方丈記」の見られるように、伏見・宇治と近江南部とを結ぶ交通路にあたっていたことなどから、常に京の文化の影響を受け続けたためか、ひなびた風情のなかにもどこか風雅な趣きが漂っています。
 炭山に京焼きの輝かしい伝統が受け継がれ、さらに新たな歴史が刻み始められたのは今から数十年前のこと。1966年、京都清水坂のある陶工が一軒の廃屋を譲り受け、まだ電気も通じていなかったこの地に陶房を開いたことに始まります。これを契機にして、炭山の陶郷としての適正が認知されるにつれ、過密化や公害問題などで焼き物づくりの環境が年毎に悪化する京都市東山区一帯から、京焼きの新天地を求めて、創作環境に恵まれた炭山へ移る窯元が相次ぎました。そして昭和40年代後半には30余りもの窯元が立地するに及んで,名実ともに京焼の里として確立されたのです。
その後も若手の陶芸家を中心に、自由でおおらかな創造的風土に惹かれて炭山に移転する者が増え、現在では50近くもの窯元が集う京焼の産地として、また焼き物を愛する人々に親しまれる緑の陶郷として、広くその名を知られるに至りました。それぞれの窯がそれぞれの個性で、京焼ならではの華麗さ、その磨きぬかれた美意識、そしてその技術の伝承者として今日の京文化にいきづいた焼き物づくりを、今も開拓精神を失わず取り組みつづけています。  
京焼の伝統、茶の精神(こころ)を受け継ぎ、 さらに斬新な創意工夫を加えてさらなる“美”を追求する。
炭山の陶芸は、ただ伝統を受け継ぐだけでなく 新たな“うるおい”を求め、四季折々の自然の元に歩み続けています。
 
 
関連コンテンツ   清水焼とは   清水焼の制作過程


このページのトップ   HOME
 
 
Copyright(C) 2003-2008 Ando-toubou All Rights Reserved